がくのロータリー人生

二代目マツダルーチェと三代目プレマシーやC56に乗るがく




マツダルーチェと'17




ルーチェと井の頭公園にて
2017年、マツダのロータリーエンジン、発売開始50周年の年、
ルーチェ、満44歳の一年。
そして.....年末には、な一年でした。
家族との車であるプレマシーやより日常の足として使いやすい車両の導入により、
一時よりも大幅にルーチェの走行機会は減りましたが、
15年前から乗っているルーチェは今でも私のファーストカー。
そんな2017年の思い画写真。
一枚目は冬の井の頭公園にボートに乗りに行った時の写真。


ルーチェと長沼のとある交差点
冬が過ぎ、春が来て、
子供と一緒に長沼の山の散策に行った時の写真。
ルーチェと子供

ルーチェのオイル交換
そいて、春は、トヨタの本拠地に乗り込んでみました。
まずはその準備、油脂の交換。

ルーチェとロータリーピックアップトラック
おっとその前に、北米専用車だった、
ロータリーピックアップが遊びに来てくれました。
ナントもアメリカンな二台。
うーん最高だぁ!
ロータリーピックアップトラックとルーチェ

マツダルーチェと松平郷の室町塀
そしていよいよトヨタの本拠のある地域へ。
マツダルーチェとCX-5
徳川家発祥の地、松平町、今は豊田市の一部、へ行ってみました。
ルーチェと高月院と
松平町は、マツダ及びマツダの子会社、マツダスピードがルマンを制覇するきっかけになった、
ゆかりのある場所です。

45年ほど前、トヨタ系のシグマ、現サードのマシンが当初はトヨタのエンジンでルマンに出る予定でしたが、
折からのオイルショック・排ガス対応で、トヨタからはエンジンを供給してもらえず、
石原慎太郎氏を通じ、マツダに依頼し12Aを載せることに成った事がありました。
シグマのマシンは'73/74年のルマンでマツダのREを積む事になりましたが、
CEレーシングエンジンとREレーシングエンジンでは、
物が全く違う。エンジンの背格好や出力軸の位置、熱対策等、
シグマのエンジニアには手におえない、という事で、
まだマツダスピードという名称になる前の、一ディーラーチームであった、
マツダオート東京のスポーツコーナーの監督をしていた故 大橋監督に
「一緒にルマンに行こう」と伝えた場所が高月院なんだそうです。

簡素なんだけど何かを秘めている様な春の山里にルーチェで旅。
最高なひと時でした。

ルーチェから見える蒲郡 三河湾
蒲郡に食事に行ったり、春の桜を眺めたり。
ルーチェと歌石駐車場
楽しかった。
ルーチェから見える春の里山

ルーチェで夏の風を感じる
夏も涼しげな時間にルーチェで散歩。
ルーチェと三郷料金所
他社の軽自動車の物色をしに行ったのも、ルーチェでした。

ルーチェでお出かけ
秋の多摩クラフトフェアにもルーチェでブイーンと。

お台場旧車天国2017におかせて頂いたルーチェ
今年はRE50周年という事で、八重洲出版さんが仕掛けている、
お台場旧車天国へ招かれて参加してきました。
びっくりしたのは前職の社長にあった事!!!!!!!
はぁ、びっくりした。
そしてここで各種三輪自動車をみて、内に秘めていたものがムクムクとあれして、、、、
とまぁルーチェと共に今年も楽しい事が沢山ありましたが、
最後に、
RE育ての親、マツダのRE研究部部長であり元社長・会長・最高顧問を歴任された、
山本健一さんがこの世を離れられた・・・・・のも今年でした。

たぶん、東洋工業・マツダと松田家、山本さんとその配下に集まった部下の方々が居なければ、
三角形のオムスビ型をしたロータと繭型ハウジングの組み合わせという、
ドイツのフェリックスバンケルさんが発明した、
バンケル型のロータリーエンジンは早々に市場から撤退、
80年代には既に自動車用としてのエンジンとしては存在せず、
あれは「夢」だったね!のままだったんじゃないかと思います。

テレビ番組だと、プロジェクトX,書籍だと古くはマツダの「ロータリーエンジン」、
現在だとさまざまな書籍にその開発時の苦悩、軌跡が記されていますが、
とんでもない労力と情熱、資金を注いでモノになった、マツダのロータリーエンジンの開発を通じ、
山本健一さんは「飽くなき挑戦」という言葉を残されています。
マツダの三次テストコース内にはその言葉と共にルマン制覇を記念した石碑があるそうで
マツダの社風として後世に伝えられていくことでしょう。

ルーチェはロータリーフルラインナップの申し子で、
コスモスポーツ以降、サバンナRX-3・RX-7・そしてRX-8へと続いた、
REの本質を生かしたスポーティー・あるいはスポーツカーではなく、
ゆとりある動力性能を生かしたラグジュアリーカー、
いまでうレクサスの後輪駆動のセダンな訳ですが、
静かに振動なく回るエンジンは、'60年代半ばから'80年代にかけては、
本当に先進な感じだったと思います。

というのも、'63年・昭和38年式のミゼットというオート三輪、
そして'84年・昭和59年式のキャリイを今年購入し日々楽しんでいるわけですが、
ホントにルーチェというのは当時の高級車、
車格でいえばマークⅡやローレル、つまり、
コロナの高級バージョンだとかブルーバードの上級車程度な訳ですが、
エンジンの先進性がすべてを包み込んで高級車に昇華した、車なんじゃんかろうか?
と他所の古い車に乗ったからこそ、そんな事を感じた年でした。

二代目ルーチェが登場した’70年代前半というと、
国鉄の初乗り運賃が30円の時代。
物価の優等生たる卵と比較しては話が成立しないので、
電車で比較ですが、
現在の電車初乗りは140円。
初乗り運賃比較で考えれば、約4.7倍。
ちなみに大学の初任給は’72年は5万円程度だったそうなので、
現在の約20万と比較して4倍から5倍程度、
物価に差があったと思われるわけですが、
その当時のルーチェの価格は、
幅はあるんですが70万円から110万円程度で、
自分の乗っているルーチェカスタムGR2は97.5万円。

今でいえば400~500万円のセダンなクルマとなると、
やはりクラウンとかそういうクラスの車になりますから、
ルーチェは価格的には結構高級車だったと思うわけです。

そんな高級車に夢のように静か、
静かというのはメカニカルノイズや振動が無くてという意味で、
静かでパワフルなエンジンを載せたかなりちゃんとした、クルマに仕上がっていたと思います。
初期のファミリアのように足がエンジンに追いついてない、なんてことも影を潜めてますし。
ロータリーエンジン搭載車が登場するたび、ちゃんとした乗用車に仕上がっていったので、
みんながみんな、ロータリーエンジンにそっぽを向いていた訳じゃなく、
一部の人々は熱狂的に好きになったんだろうな、と思うわけです。

当時の自動車と比較して、
エンジンのメカニカルノイズや車体のつくりなど、
高級車と軽を比べれば当たり前に差があって当然ですが、
昭和30年代、40年代と日本にもモータリゼーションがやってきて、
大体多くの人はいきなり高価格な車に乗れるわけではない、
家業や会社の営業車として車に乗るとなると、トラックやバンが、
一般的だったあとにやっていたマイカー時代に、
ロータリーエンジンという、当時のレシプロを比較してかなり多くの面で、
優位に立っていたエンジンは相当魅力だったんじゃないか??と思います。

オールドタイマーに写った誰かのルーチェを指差す
最後に、オールドタイマーの最新号には、
私と、自分のルーチェが乗り、スカイライン特集のページには、
当時現役の頃、立川基地のジムカーナとかゼロヨンに参加していルーチェが写っていますが、
子供は、そのルーチェを指差し、父ちゃんのルーチェと同じ、とついさっき申しておりました。

子供にもロータリー好きは遺伝したのか?
10年少々もすれば確定する事でしょう。
楽しみです。

それでは皆様、よいお年を!
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  1. 2017/12/31(日) 16:47:00 -
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