がくのロータリー人生

二代目マツダルーチェと三代目プレマシー、ファミリアバン、C56に乗るがく




飯山線に再び汽車が 第四報 [飯山線にSLを、大きな一歩、新たな夜明けがやってきました]




飯山線にやってくる可能性が高い、と情報が流れ出した新春。
くさ遊び
さっそく子供に動く大きな汽車を見せてみました。
D51 498 新春の上州を走る
かなり興奮したようです。
娘、初めて動く大きな汽車を見る

渋川駅でみたいたら真横でドレンを切っていただいたときは
さすがにおっかなかったみたいですが、泣くこともなくジーっと見てました。

さて、飯山線沿線自治体である十日町市長 関口氏、
年始の記者会見で飯山線SL運行に関する発表を行いました。

「関口十日町市長は今年最初の定例記者会見を6日に行い、
今秋、JR飯山線長岡駅から長野県飯山駅間の約100キロを、SLがイベント運行すると発表した。

十日町市や長岡市などの沿線自治体や、
沿線地域の商工会議所などが作る飯山線沿線地域活性化協議会と
JR東日本が具体的な準備を始めるとしたもので、
今回はSL機関車1両と、客車3両での運行を予定している。
市長は「具体的な運行日程などはこれから詰める。
今回のSL運行は今年限定で行い、今後は協議を続けていくと」した。

十日町駅から長岡駅間は2012年11月、40年ぶりにSL運行が実現した。
市民からはその後も多くの要望が寄せられ、
同協議会が昨年5月にJR東日本に要望していした。
関口市長は「これをきっかけにJR東日本と共に飯山線の観光価値を高めたい」と、
観光資源としてのSL運行に期待を寄せていた。」
以上、新潟県十日町市の地域ポータルサイト「トオカマチウェブ」より原文のまま引用。

とのこと。飯山市、十日町市ともに広報資料を1月6日に発行し、
「8月の正式決定に向け」と一歩引いた表現での発表ですが、
飯山線沿線の二大行政と近隣行政を巻き込んでいい方向に進めている、というのは、
たぶん間違いないと思います。

1月4日には、概報の通り、飯山市の賀詞交換会でも発表があり、
信濃毎日という新聞の一面報道もでました。
報道は信濃毎日さんが一番先を行っている、
もしかしたらガセネタ??と思えるような内容まで含んで一番先頭を突っ走っておりますが、
新潟日報にも産経ニュースにも出ました。
いよいよ、再び飯山線にSLが来ます。ほぼ間違いないと思います。
十日町駅に着いたC11 325号機
前回飯山線にSLが走ったのは、2012年秋。
マツダルーチェとC11 325号機が牽引する信濃川ロマン号
飯山線に40年振りに蒸気機関車が走りました。

試運転、本番共に普段の飯山線沿線ではありえない光景と共に多くの人が集まって汽車を見ました。
飯山線を走るC11 325号機
蒸機が飯山線を走る、あの光景をもう一度.....
12年は十日町までだったけど、今度はもっとその先の風光明媚な日本の原風景の中へ。
そう願う人たちがいました。


本当はこの後に6000文字の文章が控えているのですが、
まだ本当に飯山線に汽車が来ると正式決定したわけではないので、
今日は短縮版でアップさせていただきます。

‘08年 十日町市の旧中里村地域にある、
JR東日本の宮中ダムでのプログラム改竄による不正取水が発覚しました。
それを受けて‘09年、JR東日本の水利権が取り消され、
宮中ダムでの取水が停止となり関連する発電所は発電停止となりました。
信濃川発電所は戦前よりある発電所ですが、十日町の千手発電所が最も古く、その下流に
小千谷、新小千谷発電所もあり宮中ダムで取水した水により発電される電力は
すべてを合わせると1日に44.9万キロワット、JR東日本が1日に使う電力の約1/4を発電する発電所群です。
が、水利権取り消しによりこれらが停止しました。1/4の電力を失うと言ったら結構大事です。
早速JR東日本は十日町をはじめとする信濃川流域の地方自治体などに水利権復活交渉でした。
水利権復活交渉にあたり、十日町市が要望した事を大まかにまとめると、

・飯山線・ほくほく線の活性化
・十日町駅を市の玄関口としてふさわしい整備
・十日町駅 - 森宮野原駅間の交換設備増設
・ハイブリッド式新型リゾートトレインや蒸気機関車の運行
等を要望し、そういった事が引き金となり、2012年にSLが飯山線を走りました。
2012年以前にも、津南町や栄村でSL運行を望む人々が細々と活動していた訳ですが、
水問題がありそれまでの状況と比べて地域行政側は圧倒的に有利な状態となったのでした。

その後はみなさんもご存じの通り、駅舎改修やリゾート列車 
シュクラとオイコットが飯山線を走るようになり季節のイベント時にも
ハイブリッドカーがやってきたりそれはそれはにぎやかになってきましたし、
雇用確保の観点から十日町に数十人規模の雇用が可能なJRの
お菓子工場が出来たりといろいろな事が起きました。

なぜ、JR東日本管内でも利用者数ワースト7(2013年度)である、
戸狩野沢温泉-津南間の区内にある踏切事故現場にJRの社長が来たり、
戸狩野沢温泉-十日町間で橋脚流出や路盤崩落が複数件あっても、
利用者数は少なくとも突貫で復旧してくれるのか?その理由は首都圏を含む、
東日本管内の鉄道を走らす原動力がいろいろかかわっていたもの、と推察されます。

そのような中、前回'12年のSL復活劇がありました。
そして40年振りに十日町までやって来たSLをみて、飯山線沿線で十日町と並ぶ大きな街である飯山が
腰を上げたのが去年、15年。

沿線から15年が勝負の一年です、という話が雪まつりが終わったころにもれでてきました。
「いままでの活動を飯山線沿線協議会に報告してほしい」
という事になり、
4月中盤、十日町の有志・新聞社さんが飯山線沿線地域活性化協議会会長の飯山市長に会いに行きました。
その方々の話を聞く限り飯山側も一回限り、という事であれば......

飯山線沿線の行政の絡んだ団体は、下記のような内容の議決を、
15年4月に行いました。以下議決文章のみ▼印改行。

JR飯山線の利活用に関する決議

平成27年3月、地域住民の悲願であった
北陸新幹線「飯山駅」が開業し、
沿線地域の産業振興や広域観光振興、
移住定住の推進など地域活性化に
与える影響は劇的に変わるものと大いに期待されている。▼
 また、飯山駅から繋がるJR飯山線の風景は、
千曲川・信濃川や関田山脈がともに走り、
そこには、日本有数の豪雪地帯だからこその
四季折々の雄大な自然が広がっている。
まさに、この地出身の国文学者高野辰之詩作による
「ふるさと」の原風景そのものであり、
豊かな食文化や個性あふれる温泉、
古代から現代までつながる芸術文化などが
この地域の魅力を一層高めている。▼
 東日本旅客鉄道株式会社では、
この好機にJR飯山線を利用した
”ふるさと”をコンセプトとする列車
「おいこっと」や「越乃Shu*Kura」を運行し、
この沿線の観光に新たな魅力を加えている。▼
 また、当協議会では、JR飯山線を利用した
SLの飯山~長岡間の平成28年度の運行の実現に向けた
要望活動を活動方針に掲げ、取り組みを開始した。
これは、東日本旅客鉄道株式会社の全面的な
理解により平成24年11月にJR飯山線の
長岡~十日町間にSLを走らせ、
沿線住民の熱烈な歓迎の中で大成功を
おさめたことをきっかけとして、
さらに飯山線の魅力向上と誘客推進を目指すものである。▼
 “超快速の新幹線で来て、ゆったりとJR飯山線で
ふるさとの原風景を楽しむ”
この観光のあり方を更に磨き上げるため、
次の事項について取り組むこととする。▼

1 飯山線沿線地域活性化協議会では、コンセプト列車
「おいこっと」や「越乃Shu*Kura」の
運行や企画に協力するとともに、
東日本旅客鉄道株式会社に対し更なる充実に向けて要望すること。▼

2 飯山線沿線活性化協議会では、
平成28年度のJR飯山線を利用した
SLの飯山~長岡間の運行に協力するとともに、
東日本旅客鉄道株式会社に対し運行実現に向けて要望すること。

以上、決議する。

平成27年4月22日
飯山線沿線地域活性化協議会

飯山線沿線地域活性化協議会というのは、飯山市長が会長になる沿線協議会です。
この議決を受けてJR側は、支社ではなく、本社に陳情に来るように云ったそうで、
5月21日午前10時、飯山市長・十日町市長、栄村村長などが、
JR東日本の本社に飯山線にSLを連れてきてください、とお願いしたのでした。

回答は去年の秋を目途に、という返答だったそうです。
去年、自分は7月には十日町プロモーション大使交流会で
十日町市長や観光交流課の方々とお話しする機会がありましたが
とても前向きな発言をされてらして、また9月の十日町3daysでは、
信濃川清津川対策室の方がかなり具体的な話をされていたりと、
おっ???これはと思わせる節が見受けられました。

そして迎えた新年。

事は前向きに進んでいる、という事がようやく公表されました。

自分とカミさんの結婚式に、現十日町市長の関口氏は、
ビデオレターを十日町在住の方に預けてくれていました。
そして、気になるその中のお話は
「また飯山線にSLを走らせましょうよ」とおっしゃってくださっていたのです。
その時はまだいつになるか、さっぱりわからず民間側は手さぐり状態でしたが、
数年かけてその夢がかなう時が来そうです。

飯山線に汽車が来た’12年。
ひょんな事からC56が私の手元にやってきて
クロス10・キナーレで走るミニSL
'12年に数度十日町で実施したミニSLによる、汽車っていいよね活動は
飯山線の主といわれていたC56 129を小さくして現代の世によみがえらせた
小さなC56 129での活動に切り替わりました。
ただいまただいま!!
'13年春に十日町で実施した、ただいま列車。
これを皮切りに飯山・津南、それから十日町、3年間で飯山線沿線にて
ミニSL・ライブスチームを走らせた回数は30日を超えました。
傍から見れば、汽車あそびかよ??という感じですが、
この汽車遊びには大きな目標がありました。「飯山線にSLを」という、とてつもなく大きな目標が。
本物の汽車を飯山線で走らせるにはいろんな労力と多大な資金がいるので、
ヒョイヒョイと走る訳がありません。でも沿線にはSLを待っている人がすくなからづ居る。
その事を知ってしまって自分は小さなC56にある使命を課して飯山線沿線に出向きました。

目的は「汽車の魅力を伝える」という事です。
本物に比べれば鼻くそみたいなちっこさですが、曲がりなりにも汽車である事は間違いありません。
人口も少なく過疎化する飯山線沿線にいつか本物のSLを呼ぶ運動が
過熱化するまでは意地になってでもこの小さな汽車をつかって飯山線沿線で
本物のC56 129と小さなC56 129で、汽笛は小さな方が
汽車の魅力を発信し続けるんだ!こう心に決めて遊んできました。
十日町の吉田にて

はっきり言うと個人でこういう事が出来る機材を年に何度も東京から飯山線沿線に運び込んで、
信濃川発電所取水堰にて
何かするというのは齢30そこそこの普通の会社員である野郎だけでは絶対できないし、
やろうと思う内容でもないですが飯山線沿線、それから東京にも協力してくれる人がいて、
周りの協力・家族の協力があって数年続けてこれました。

飯山では戸狩や飯山本町の方々と十日町の助っ人が、
十日町・津南では「市民の会」の方々が最大限バックアップしてくれました。

市民の会というのは写真展をやってみたり、
北国の街 上映会
日活から映画を借りてきたり、汽車に絡めた活動、
汽車焼芋機 十日町にて、試焼
ほんとにいろいろやりました。汽車焼き芋機、急造で2台造って、
雪の十日町に持ち込んだこともありました。
まだ正式に決まったわけではないというスタンスが正解なようですが、
遊びな中身とはいえ活動してきた側にとって、今回の発表は本当にうれしい訳です。
頑張った分だけ喜びも大きい!
十日町の雪と C56 129
夢のようです。また今回のSLは今年限りとの事ですが、
もっとその先、また新しい挑戦が始まることになりそうです。
人がコントロールできなくてやっぱ止めますとか、今回限りなんて事にはならないよう、
まずは今回成功するよう、いろんな方々によろしくお願いいたします、
と頭を下げて言って回りたい気分です。


今から秋、再び飯山線を走る汽車の姿を眺めるのが、本当、楽しみです。
小さいときから何度も飯山線のディーゼルカーを見ていた
十日町-土市間の川治-大黒沢間の羽根川鉄橋、
C56 129 東京流れ者 予告編より
ここにはかつて渡哲也さんが映画の撮影をしに来ていたらしいんですが、
渡哲也にC56が迫る、手前は川地民夫

青い空、新緑と残雪と木に咲く花、そしてちらりとのぞく信濃川と飯山線
そこを渡る汽車を絶対眺めるぞぉ~
飯山線羽根川鉄橋を行くキハと春

ということで、今日の日記、おしまい

いろいろアウトな場合はご連絡ください。すぐに削除・編集いたします。
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