がくのロータリー人生

二代目マツダルーチェと三代目プレマシー、ファミリアバン、C56に乗るがく




とがり夏まつりにC56 129小さくなって里帰り[飯山線にSLを]




今日の日記は飯山線沿線遠征に行ってきた日記になるんですが、
少し多めに書いてみようと思います。

では。
マツダルーチェとC11 325号機が牽引する信濃川ロマン号
十日町にSLが40年振りに戻ってきた’12年。
それまで約20年間、日野を基本としてイベントの機関士として
何度も小さな汽車の機関士をしてきた自分は、新しい局面を迎えました。
思い返して記憶をほじくり出して、
ほぼ正確にカウントすると、
初めてこういった物に触らせてもらって以来、
2012年の時点で足かけ20数年間かけて120日位、
休日機関士になった事があったと思います。
訓練や遊びを含めればたぶん約200日程度。
初めのころ電動車での教習遊びは週1、水曜日の午後、
2年近くやらせてもらっていたのでそれを含めればもっと。

5インチの自分の蒸気マシンを20年近く持っていないにもかかわらず、
何度も何度もミニSLのオペレータをしてきた、そして、

父が積載量1tのトラックを持っていたとか
ミニSLをやるには恵まれた環境であった事、
それから勉強しろだとか、
見ず知らずの人のお宅にそんになに行くんじゃない!!!
などと云う事を親からは言われず、タキセ製作所に通う事ができた、とかそういう
良い条件に加えて、いろいろ備えてきていた事が
一気に実を結んだ年でした。

自分は東工学園に通っていた訳ではないんですが、
高校生の時に東工学園からの払い下げレール、
それは、生徒が授業でプレスだとか溶接だとかを学ぶ為の
教材が放出された事がありそれらがスクラップに
なりそうになっていた時に、
運よく曲線と直線併せて60mのレールを貰う事ができた。
(一番程度の悪いものだったのでタダ)

2011年に、日野のイベントで使っている
車体をより低重心化したいという事で、
その更新車体の製作に関わり、
それまで使っていた6輌の客車の内、3輌を貰う事ができた。

外遊びが好きな方なので、いろいろな道具を買い込んでいた。

20年間もいろんなイベントのオペレータをしてきたので、
イベントを実施する際に、どう段取りすれば、どう動けばいいかが、
体に刷り込まれていた。 等。

運が良かったことに加え長い間に積み重ねがありました。
遊びなんだけど、こつこつこつこつ。という感じでしょうか。
さらにミニSLの世界で自分を育ててくれた方は、本当に心が広かった。

少しぼやかして描くと仕事としてライブスチームに
接している方は当たり前ですけどお金には厳しいです。
初めて遠征する時、機材を貸してくれないかと、
相談を持ちかけた時には、
そのレンタル料が、自分は支払える額では無かったので、
自分の手持ちの機材で全部やることになったのですが、
永い事、ずーっと見せてもらっていた、
それこそ自分が盗んだノウハウを使うとか、方法などに関しては、
「こっちは商売だ、安い金額じゃ機材は貸せないけど、気をつけて行って来い!!」
ってな具合だったでした。
こういう背景にて、齢30、向う20年間程度は家庭を築き、
一家の大黒柱になる事が本当は第一、主目的はそれの筈の自分が、
道楽に相当おぼれ、自前でいろいろ道楽の為に道具を、
そろえる覚悟が出来てしまった訳です。
で、もう一人の方に関して言えば、
国鉄に入って機関区で
汽車磨きをしていた頃からという事は、長い事、
汽車と向き合っていた訳で、
「楽しそうな事するじゃねぇか。これ、持ってけ」
とまぁずいぶんありがたかった訳です。
本当に周りに恵まれていたと思います。

十日町情報館前で、ライブスチーム試験走行中
そんなこんなで、十日町で汽車を走らせた’12年。
手前みそですがオチビサンで小さな汽車で汽車の魅力を
たぶん十日町でもアピールできたのではないか?と思っています。
クロス10・キナーレで走るミニSL

C56 129 SL LIVESTEAM 蒸気機関車 ライブスチーム
「え??まじすか??」というような具合で
C56が転がり込んできて、迎えた13年。
レールもボロボロだったものをぐるりと一周80m新調して
十日町駅西口公園のとある夏の日
十日町以外でも飯山、
C56 129 飯山・戸狩にてただいま列車

C56 129 津南でも「ただいま列車」
それから津南での走行が始まりました。とくに飯山側で、自分の存在を嗅ぎつけて頂いた方や
それにまつわるカヅカヅのエピソードは本当にありがたかったです。

C56 129と現役飯山線キハ110
14年は子供が生まれたにもかかわらず前年並みの活動。
想い出に残る子供達
いろいろ許してくれるカミさんや親・義親様に感謝です。

基本的にカミさんは厳しいところもあるけれど、
自分の趣味に対する理解はかなりあります。
何かをお願するとダメなものは即座に却下される、
しこたま酔っぱらってラーメン食べたい、なんて言った日にゃ、
即却下なんですが、
「それはあなたがやらないと成り立たないね?」的な
内容だと時間は少しかかるけど大体OKになります。
即座にOKってのはそう多くないですが....
なんていいカミさんなんでしょう!!

そんなこんなで今年は’15年。
飯山線沿線での走行も4年目。
今年は新たに体験運転という事項を
汽車・鉄道の魅力アピールの一環の中に導入しました。
人的要因が一番大きな理由で、蒸気ではなく、お手軽な電動を使ってですが。
専用線を準備して実施です。

津南から実施開始し、今回の飯山・戸狩でも実施し、
この後予定されている十日町でも実施します。
速度制御に細工をしてゆっくりでしか進めないようにして
要員が付きっきりなら問題ないと思います。
いろいろうるさくなるまでは日野の中央公園の営業運転でも前に一人、
抱え込んでって言うのをずーっとやっていたし。
今日は、その体験運転を実施する、そういう話から話が膨らんでいきます。

それで、話はここから相当脱線するんですが、

ミニSL・ライブスチーム。
いい大人が汽車遊びですか?って意見、絶対あると思います。
いい大人が....汽車に跨り先頭でニコニコしながら煙を浴びている......
アチャーですよね。

あるいはいい大人が電車ごっごをしている。
どうかしてるんじゃないの??と。

そういうご意見はたまに、
自分に刺さって来る事もありますし....
でも好きだからやめられないわけです。困ったもんだ。

鼠の園を造り上げた有名人、
ウォルト ディズニーさんも小さな汽車の趣味を嗜んでらしたそうです。
アメリカなので7.5インチゲージだったそうですが、
縮尺は日本でも多々ある1/8程度だったそうですよ。
庭に800m線路を敷いて遊んでいたそうです。

ミニSL・ライブスチームで遊んでいる人の多くは、
結局、子供の頃あこがれた物をあきらめきれてない、
だから周りの冷ややかな視線も気にならない。
そんな人が多いんだろうな、と自分は思ってます。

ただ、好きだ。みたいな。それに尽きる、
それに結実している結果の行動だと推察されます。

じゃなかったら実用性のない物体に長時間縛られてみたり、
ギトギトに汚されてみたり、
この汽車遊びと云うのは、完全自作のような場合でも、
防波堤とか川での釣りのように餌、囮さえ手に入れれば一日遊んでも、
数百円みたいな激安な遊びではない訳で、
ほんと好きじゃなければ、
汽車遊びの為に金を使ったりなんてしないよなぁと思います。

で、そのただ好きだで昂じているダケなのにもかかわらず、
冷ややかなご意見や、結局、お金の為なんでしょ?
なんて事を言う、あるいは、そういう態度の輩に対しての自分なりのアンサーが、
今日の日記の内容になってまいります。
今この時点でいっぺん書いた物を読み返しても。
「思い上がり甚だしい」という内容でもある訳ですが......
でも書いちゃいます。

ここ数年、飯山線沿線で活動をしてきて感じた事は、
飯山線沿線には大人もそうだけど子供が圧倒的に少ない、という事でした。
メインで活動している
日野は人口18万人、
隣町の国立7万人、府中25万人、近くで一番人口の多い八王子は56万人。
対して飯山線沿線の
十日町は、5.6万人、飯山が2.2万人、津南は4千人。

人口の差、はっきりしています。
人口の差も大ですが、敷地面積の差も大です。
以下単位は平方キロメートル。

日野27.5 府中29.3 国立8.15 八王子186.3、
ちなみに東京23区は623。
飯山202.4 津南170.2 十日町589.9。

つまり十日町市は東京23区と同じ位の面積がある訳です。
隣同士の十日町と津南を合わせれば23区の面積を越しちゃうというでかさ。
広い土地の中にすんでいる人はあまりいない。
そりゃのどかな訳です。
ちなみに東京都区内には1340万人位いるらしいです。

都市に人口、一極集中という感じだねこりゃ。

人口を見ても子供が少ないという事になるわけだと思うんですが、
ミニSLに乗ってくれる絶対数が少ないんですね。
東京なんかだと、しがらみもあって自分は最近出てない万願寺、
毎年ケータリングが最高な国立のみたいに無料だったらそれこそ長蛇の列ができるし、
有料の場合でも人が途切れる事ってまずない訳です。

しかし飯山線沿線はそうではない。
本物の飯山線以上かもしれません。
1時間停車してて、乗る人はだーれも来なかった、
なんて事さえあります。無料でやりましょうよ、
って自分が押し切ってやっていたら、
それでも人が途切れたことはあるし....
でも人が少ないという事は、
東京では出来ないような事も簡単にできる。という訳です。
体験運転が実現しやすい訳です。

いろんなところで運転していると、
運転したい!と駄々をこねるのって結構います。
運転できる?って聞いてくる大人だっています。

見ず知らずの人のC56の操縦を任せるなんて事が出来る程、
自分の心は広くないので、今まではそういう願いには、
「あしらい」みたいな事しかアンサーできませんでした。

ずーっと乗りたいって思っていればいつか乗れるよとか、
そんな返事を云っていたと思います。

そういう返事をする時、心の中で
「相当強く思い続けてないとまず出来ないよ・・・
だいたい出来ないで終わるよ・・・
出来る事なら今すぐ乗せてあげて、
菌・種をばっちりつけてやっから、
こっち側に引っ張り込んであげたいんだけどねぇ....」

とおもっていました。
もう長い事そういう状態でしたので、
なんとかしたいなと強く思うようになってきました。
白馬の庭園鉄道さんはそういうメニューもあるし。

東京近辺での活動に関して言えば僕はまだ一介のオペレータですから、
仕切ってる訳じゃないので、ちょっと今は無理かなぁ?という具合ですけど、
飯山線沿線でのイベントはそうではない。

と話がいい所まで進んできましたが、
また脱線させます。

東京では手放しでも大多数の人は
通勤通学レジャーいずれかで電車に乗る機会がありますが、
飯山線沿線となると事態は大きく違います。
レジャーの人はクルマがメインだし、
通学・通勤の需要も少ない。
未だに飯山線の定期大部分を占める通学にしたって
大昔の最盛期と比べれば超凋落してしまいました。
クルマ社会、かつ田舎ですから2~3時間に一本とかしか走らない
区間もある飯山線は激しく使いにくい訳です。
だいたい母なんかは自分で切符を買って、
電車に乗ったのは17の時に大学受験で東京に出た時、
だった訳で、そういう人がゴロゴロいたような地域です。

みんなから愛されなければ存続できないはずの、
飯山線、今は使いにくい、クルマの方が便利などあって、
身近なんだけどちょっと距離がある、そんな存在になっている、
現在はそんな感じだと思います。

国鉄末期の頃、飯山線を廃止するという時には、
もちろん反対運動が起きました。
沿線の意見とすれば廃線だけは免れたい。
飯山線を活性化したいという願いは大なり小なりありました。
そういった事も有、現在でも飯山線沿線地域活性化協議会という会も、
あります。

それでまたまた大分話がそれるんですが、

活性化といっても、いろんな手があります。
一つの例として....’13年頃、
十日町の経済同友会が電化高速化を打ち出した案もありました。
都会だったら乗る人もいるので高速電化なんていう素地のある地域だったら、
即やっちゃうわけです。
例としては平成初期に電化された八高線や相模線。
その沿線くらいの人口がいれば電化は出来る訳です。
でも飯山線は雪深き山里。確かに列車を電化、
高速化すれば今までは飯山線を経由しなかった人も
飯山線を使ってくれる様にはなると思います。
でも、その絶対数はどのくらいあるのか?
まぁ答えは特急のいなくなった北越急行をみれば、
お分かりになるようとおもいます。
[あんまりいない]訳です。

もともと軽便鉄道に近い低規格で造られている
飯山線を電車が高速で走れるようにするには
かなりの部分で線路を付け替える必要がある....
トンネルを拡幅する必要がありますし、
高速鉄道として定時性を維持するには、
冬は雪で動けないなんて事にならないよう除雪をガンガンする...
そういった事を実現するためには凄く気合いのいる話だな、
その案を実現するのは大変だ......
自分はそんな気分でそれを見てました。

もともと長野-新潟間を高速で移動したい人は
クルマを使う方が圧倒的に多かったでしょうし、
信越本線の立場はどうすんだ?という話も出てきます。
飯山線に電車、しかも高速で走るというのはちょっと身の丈にあってない。
と思う訳です。
まぁ自分があんまり心配しなくてもそんな事は起こらないと思いますけども。

電化高速化よりかは、楽しんでもらう鉄道になる、
こっちの方がうんと少ない予算でなれるような気がします。
幸い、飯山線沿線には日本の原風景という
これ以上ない宝・素材がたくさんあります。

飯山線という鉄道をただの交通機関ではなく、
何か付加価値のある、
地元の人から見ても、気になる、
愛される存在になるように、
まずは興味を持ってもらうようにするにはどうすればいいんだろう???
そんな大それたことを考えさせられる事がここ数年、多々ありました。
実際、そういう風になるように一部の方々は動いている人もいます。
だいたい自分を呼んでくれている人々が飯山線にまたSLが来てほしい、
と願っている人たちな訳ですから、そういうところまで考えてしまった訳です。
自分には何ができるかな?と。

沿線協議会でも’15年の総会ではSLに来てほしい!という結論に至りました。
飯山線にSLの運行を求めるという議決をし、十日町だけでは無くて、沿線で要望するぞ。
そういうステージに話が進みました。

そして話を戻すと、飯山線沿線でのミニSL活動は、
汽車の魅力を伝えてほしい、というところから始まりました。
そういう依頼から飯山線についてまで考えるようになるって言うのは
いささか飛躍しちゃった訳ですけれども頭の片隅にそういう事に
絡む話題は’12年以降、常にありました。

沿線の方々から、’12年に、
遠征を始めた直後、早い段階で、体験運転できますか?
という話が出て、「今ある機材ではできません」と、
2年はそれで過ごしましたが、
せっかくいろいろ準備して来てくれるなら、
もう少し頑張ってもらって操縦の体験もさせてやれないだろうか?
小さな事から飯山線に関心を持ってもらう事は出来ないだろうか??

みたいな事をいわれてしまったら、もうこりゃまた自分が頑張るしかない。
そういう思考回路を持ってしまっているから、
もうこりゃしょうがない。

上でも書いた内容になるけれど、
運行に関するしがらみはここでは関係ありません。

俺がニコニコして汽車に乗っているだけじゃなく、
(だいたい56に跨っている時は、毎回毎回、
罐の炎と真剣勝負で渋い顔をしている事の方が多いらしいです。
とがり夏まつりにて
去年は若いころの松方弘樹??なんて言われちゃったし。
本当は渡哲也の方がいいなぁ。ぐへへ)

汽車、鉄道の楽しさを分かちあえるようになる.....
体験運転、やっぱいいんじゃ?
自分にできるとしたらそれしかないし。
いいねぇ。いいじゃんそれ。という感じになりました。

こういうふうに、自分は「いいじゃん」って考えになると
もう止まりません。
もうこりゃやるしかない、やるなら今しかねぇ~という事になります。
でそれを実現させるとなると、オペレートの仕方を考えたりする訳です。

体験運転とC56が同じレールの上を走るのは、
難があります。となると、別にレールを準備したくなるのですが、
はっきり言うと、今はそこまでの資金的余力ははっきりいってないので、
とある心やさしい方に理由を話してお借りする手配をして、
コントローラに細工をしてスピードが出せないようにして....
体験運転もスタートです。

東京でもそんなにはできない体験運転。

飯山線は単なる移動手段では無い、
鉄道に何かを見出してくれる人を増やす為にタネまきだと思って、
ありえない条件で請け負ってます。
ローカル線万歳です。

妻とおさない子がいる現役バリバリ?会社員としては、
かなり無理している所もあるし、
実際これが原因でカミサンに角が生えかけた、という事は、
やっぱり何度かはあるんですが、
やるしかねぇ~という事で早朝、朝3時、日野を出発。

十日町に預けてある機材を回収して、午前8時過ぎ。飯山の戸狩に到着。
敷設開始から約1時間
まずは外周、C56が走る線路を敷いて、
体験運転用のレールを敷いて、
暑いので休憩しつつ、作業です。
午前11時ころ
今年は、敷設お手伝いの方々が、皆さん年上の方で、
ちょっとお願いしづらかったので、敷設・調整を全部一人で、
しこしこやっていると、小出出身のマー君の奥さんから連絡が。

「近くまで来たから行くよ」との事。
おいおい佐久間ダムから来たのかよ?
奴も行動力がハンパねぇな。
実際は柏崎の花火に行く途中らしいけど、
いいねぇ。ありがと。

レールの調整がいいかどうか確かめてくれや、
という事で、
マーとキョーとムー、走行
試走を兼ねて。
スマンね、まだC56 129には火を入れてないもんで。
マー一族、乗車・試験走行

マーとムー、体験運転用列車に
体験走行用にものってって。
嵐の様に前触れなくやってきて、去っていきました。
次は日野の産業まつりだのぅ。

そんでもって、昼飯を食べに行きました。
毎度お世話になっている戸狩のみつわやさん。
うまいです。

でこれから午後7時までの運行、片づけを含めれば、
夜8時すぎまで、びっちり8時間が待っている訳です。
既に午前2時の起床から10時間が経過。
我ながら、ちょっとやそっとの好き具合じゃ出来ないね、思いつつ、
十日町より来ていただいた助っ人達に、
水造りを頼み、、、、火入れ。
今年は、汽車にずーっと張り付いていればいい訳ではなく、
体験運転もありますから、カマの火床の状態も常に最善、にはできないかもしれない、
ということで貸していただいた補助機もつかって、


午後2時。
運行開始。
一番初めに来ていただいた方、
これを見てくださっているかどうか、わからないんですが、
お詫びです。

機材調整の為、まともなお返事できず、申し訳ありませんでした。
「飯山線にSL走ったら良いですよね」とおっしゃっていましたね。
えぇ、本当にもうそうなったら、最高だと思います。
近々、飯山でも会が出来ていろんな話が出てくると思います。
その時はどうぞ、ご協力の程を。
発車間際 戸狩にて
発車までもう少し 戸狩
別線にて体験運転も実施。
午後4時すぎから混みだしてきて、

アセチレンランプ、点灯中
日没後はカーバイトランプの明かりにも助けていただきました。

戸狩の夕焼けとC56 129
走行終って、お片付け。
走行終って C56 129と戸狩

走行終ってお片付け
今年も無事に終わりました。
とがり夏まつりの打ち上げ花火 今年
歌謡ショー、ジャズ、ロックンロール、ダンス、何でもアリです。
みんな歌が上手いですね。
オラもはれてビールが飲めます。

雪国の夏を満喫です。

夏の定宿、上種館さんにいって、
今度は日本酒。ジャズバンドさんもやってきて、一緒にぐびぐび。
終了。今年も無事に終わりました。
今年もどうもありがとございました。

まぁミニSLっていうのは結局は、お遊びなんですが、そのお遊びには、
自分なりには使命があって家族に許しを得てやっている。
本当に小さな事なんだけれど、飯山線に、興味を持ってもらえるように、
汽車・鉄道ってなんか楽しいじゃん、という事を感じてもらって、
飯山線にSLを 運動の援軍が少しでも増えてもらえたら、
嬉しいなと思ってやる活動。
まだまだ続く訳ですが、そんなこんなな事を考えながら、
沿線に行ってます。

さて肝心の飯山線にSLをですが、
秋にはJR東日本さんから沿線協議会に返答があるそうです。

どうなりますか?楽しみです。

という事で永かった日記、終わり。

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  1. 2015/07/27(月) 05:26:12 -
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