がくのロータリー人生

二代目マツダルーチェと三代目プレマシー、ファミリアバン、C56に乗るがく




ヒノモトロータリーベース 日野十日町機関区で過ごす休日[乳幼児の子育ての合間を縫って]




じめじめした季節がやってきました。
暑い......
でも休みの日になると目が早く覚めてしまいます。
ルーチェ、早朝、20号にて
普段は早く目が覚めるとルーチェを動かして新鮮な空気を、
ロータリーエンジンとおらの肺に吸い込んで、うほほぃ~な事がありますが、

J-SPORTでルマンを見る
この週末はルマンでした。
J-SPORTでテレ朝みたいな中継をしているので、
ついつい見てしまいました。

本当は由良さんの「あぁぁぁぁぁ~」が聞きたかったんですが、
今年はそういう大きな出来事もなく。

しかしまぁ、今年のルマン、本当にスプリントレースを24回以上やってるような早さだったと思います。
P1クラスの早さにびっくりです。395周って....数年前に397周というのがあったと思いますが、
まぁとんでもなく早い。
スピードを落とすべく、直線メインだった大昔のコースを
ポルシェシケインやフォードシケインを造ってみたり、
ユノディエールの6kmの直線を2kmづつにぶつ切りしたり、
ダンロップシケイン近辺もちょくちょくいじってみたりと、
なるべくスピードを落とすように、ってやっていた筈ですが、ところがどうして?
早い早い。
去年WECシリーズチャンピオンになったトヨタの予想以上にVWグループの進化はすさまじかったようで、
見ていて本当にびっくりしました。
'90年、マツダがロータリーエンジン当初は最後の年になりかけた中で、惨敗して、
「何年間もやっていて何やってたんだ??」と言われ、翌年には見事総合優勝したこともあるのですから、
あきらめないでぜひぜひ挑んでほしいと思いました。

さすが耐久王ポルシェ。復帰二年目で凄い早さと信頼性。
日産に関しては、17時からの中継で長谷見さんがしきりにおっしゃっていたことや、
夜中も由良さんもでしたが、「どうして?何のためにFFで???」みたいな感じでした。
実際、苦しいレース展開。
たぶん駆動方式を改めなきゃいけないとは思うんですが、
かつての日産のような強いマシンになると面白いのにな、とみていて思いました。

P2にエンジンをだしたHPD-すなわちホンダや日産が大挙して出てまして、
P2だけみると日産強し!!!という印象を受けました。
コースが昔とは違うので比較するといってもあれですが、
P2トップのオレカ・日産は358周と昔のP1クラス並み。

我らがマツダは2012年頃より、エンジンサプライヤとして復帰のうわさが出始めましたが、
どうやらいま一押しのレース用SKYACTIV-Dの開発が思うように進んでいないらしく、
今年も結局出なかった。
今年のルマンも4XX馬力出るようになれば....
P2カテゴリに供給できるようになる?
みたいな事をACOと去年も話をしていたらしいんですが、結局開発が追いつかなかったようです。
早く復帰してほしいなぁ。
いきなりトップカテゴリに出るんじゃなくて、
'70年代から'90年代まで、長い間コツコツやっていたみたいに、急がないでやってもらって、
そしてもう一度、そのくらいの感覚でやってもらいたい、と一ファンとしては思います。
そうすればワークスで勝ちを狙いに行っているのに結局勝てない、
なんて事も短期間で済むかもしれないし。

と久しぶりに好き勝手にクルマオタクな事を書きましたが、
日曜は、カミサンに頼まれて壊れたステンレスの物を直しました。

もげてしまったステンレスのIKEA LAMPING 鍋敷き
台所で使っている水切りかごの下に敷いているイケアのLAMPING 鍋敷きのステンの棒がもげました。
「治る??」
と聞かれたので、お任せください!ってなもんで修理です。
半田付けで直しました。
つけた後はよく冷やした後でサンポールに付けて、フラックスを除去してピカピカにして。
半田付けで直した、ステンレスのIKEA LAMPING 鍋敷き
こういう小さな事をコツコツやるので、自由な時間が確保できるんじゃなかろうか?
と真剣に直しました。
で、金工修理作業をちょちょっと片づけ、
日曜の朝は雨が降っていたので高幡不動にアジサイを見に行くのではなく、
府中の公園に行って大賀はすを子供と見に行ったりして、
カミさんが子供の面倒を見なくても良い時間をつくったりして、
ちょこちょこと家の事をやった対価?として今週も自由時間を頂きました。

もしかしたらそんな事をしなくても勝手に自由時間を頂いてしまう、
可能性は大なのですが、自由時間は楽しいなです。

我が子はいまだに母親の腕の中でないと寝付けないという甘えん坊で、
自分がいると目が覚めてしまってお昼寝できない?という、
特異体質みたいなもんです。なので自分は外に出やすい、
という特典がありまして、カミさんは苦労していて申し訳ない気持ちでいっぱいです。
同年代の子供のいる父としては趣味にかまけている方だとおもうので、
複雑な気分です。

そんなこんなでようやくC58に手をつけました。
秋に予定されている飯山線沿線での運行には、本務機はC56.
お飾りでC58と考えていまして、がんがん走らないまでもデモンストレーション位は、と考えています。
少しの走行は基本的には問題ないただし、細かい部分はほぼ全個所手を加えないと、
安定した走行はできないという現状なので、少しづつ治して秋が過ぎたら、
全バラシ。必要に応じて部品を新造しようと思っています。
油に漬けた汽車の固着部品
手始めに固着してしまった部品達を車体からおろして油につけて、
再始動に向けての作業をやっていると
一人の酔っぱらいさんからお電話が。

「がくぅ~、次の日曜ひましてないか??」
電話の主は元 新幹線運転手のダンディマン。
どうやら運転所のOB会で飲んでいるらしい......
凄くご機嫌です。
すぐ近くに、東海道新幹線の営業一番列車を運転した方もいらっしゃるらしく、
「あの若いのはどうした??」みたいな話になり、今度の日曜どうなんだろうね?
という事で電話してきてくれたみたいです。
家族で行くなら俺が汽車は運んでも良いよ!とのことで、さすがダンディマン。
家族に迄、配慮いただいた嬉しい電話だったので、すぐにカミさんに確認です。
カミさんとしては赤ん坊を連れていくなら涼しくなってからの方がいいみたいで、
今回はパスという事になりましたが「行ってらっしゃい・夕飯は家で食べてよね」
だそうで、やったー。
C56 129 とある駅にて
次の日曜、造り込まれたレイアウトにまたお邪魔して良いそうなので、
そんなこんなで急遽C56の塗装の禿げた場所を再塗装したり磨いたりしました。

再塗装は基本屋外ですが、磨きは室内。
磨いているとススを吸い取るあるいは吹き飛ばしたいという箇所が出てきますが、
それはマツダのペール缶を改造したサイクロン掃除機が対応してくれます。
ヒノモトロータリーベース・日野十日町機関区 土間でC56の整備
今回は急いで部品を造らなきゃという箇所は無かったので、
ヒノモトロータリーベース・日野十日町機関区機械工作スペース
だいぶ仕上がって来た工作機械スペースの活躍の機械は無でした。
しばらくC56の部品切削ではなく、C58の部品造りで使いたいなと思っています。

この前も、ようやく何かのスタートラインに立った、と書いたばかりですが、
この前、小学生との田植えの後で、タキセ製作所に寄ってみて世間話をしていたら、
おじさんに「がくちゃんは、幸せもんだよ」
と言われ、いろいろ考える所があったので今日のこの日記の展開になっています。

二十歳をちょっとすぎた頃、ガソリンスタンドでバイトして貯めたお金でルーチェに乗り始めて、
会社に勤めて5年くらいたってから、
ルーチェとヒノモトベース
ヒノモトロータリーベースと銘打って、
ヒノモトロータリーベースに戻ったフォルテVer.MAZDA
ルーチェロータリーをメインとした、
ヒノモトREベースにお越しいただいた、ジョニーハーバートさん
ガレージ遊びに
ヒノモトREベースにて燈ったLED電球入りランタン
熱中し出してから早5年。
笠松電機製251と91、297と91に昔マツダランプといった現東芝の電球をつけたヒノモトロータリーベース
熱中していると物事はあっという間。
ヒノモトロータリーベース・日野十日町機関区・男の隠れ家府ガレージの作業スペースから紅葉を眺める

ヒノモトREベース、秋冬状態
途中でクルマだけじゃなく、ビデオにも手を出して、
ヒノモトロータリーベース・日野十日町機関区に収まったルーチェとC56
汽車の方にもだいぶ熱中して、
カミさん、ヒノモトロータリーベース・日野十日町機関区・男の隠れ家府ガレージの加工スペースにやってくる
そして修繕新造の為の機械もそろってきて。
小さいながら汎用旋盤と汎用フライスが一通り使えるようになりました。
ガレージの中に、大好きな車と汽車と、それを弄る、維持するための道具がある。
現代風 男の隠れ家 ヒノモトロータリーべース・日野十日町機関区現業部にて薪ストーブで料理をしながら
道楽坊主になっちまったなぁ、少しは反省しています。
これからは財布のひもは少しは締めていかないと、と思っています。
朝5時、ヒノモトロータリーベース 日野十日町機関区車庫前の出来上がった軌道

ヒノモトロータリーベース・日野十日町機関区 作業スペース
ロータリーベースにプラスして日野十日町機関区なんてものも併設して現在に至った訳ですが、
置かれた状況に感謝しつつ家庭の状況を鑑みながらガンガン行きたい気分です。

もしも自分の親父が日野の農家の長男として産まれていても、
農地を次の世代に残す事に熱心でなければ、自分達が今している生活はありえなかったと思うし、
もしお袋が十日町に残っていたら自分はタキセ製作所を今でも知らないと思うし、
幹線親父・ダンディマンとしゃべった事はなかったはずです。

日野の農家の長男と十日町のお嬢さんが一緒になってくれたおかげで、
今の自分がある訳で有、また、勉強しなさい勉強しなさいと、
口うるさく言われた記憶がないので、そういった事を含めて感謝という事であります。

そして、日野で育つ事が出来たのでかなり早い段階でミニSL・ライブスチームのイロハを、
肌で感じ学ぶ事が出来ました。これはいろんな方々に感謝。

おかげで自分も運よくこういう人間に育って、
自分のやりたい事をやりたいようにやらせてくれる人を、
十日町から連れてくる事が出来ましたので、こりゃもう、自分のやりたいことに、
全力で取り組まなきゃ、バチが当たるってもんです。

程度問題の話で、この先、活動のペースが一時的に鈍る期間があったとしても、
家庭円満であれば、自分の嗜んでいる趣味は死ぬまで楽しめると思っています。

自分の人生の、主人公になろう。
自分の行く道を、自分の意思で選ぶ人になろう。
自由に、積極的に、人生を美しいものにしよう。
既存のルールや常識に縛られない人になろう。
自分の行く道は、自分で決めたほうが、楽しいに決まっている。
人生の、ドライバーになろう。

とマツダは最近、申しております。

自分の場合はチャランポランですから、
自分の意志では決め切れない状況に追い込まれてしまう事が、
あるかもしれないし、美しいものにならない事も多々あるだろうし、
ルールや常識は守らなくちゃいけない事もいっぱいあるけど、

最近マツダが提唱している

Be a driver.

みたいな人生を歩めるよう、マツダを愛用して楽しい人生になるように工夫して感謝しつつ、
過ごせたらいいなぁ、そんな事をぼんやり考えながら作業していると、
あっという間に時間が過ぎて早くアパートに帰らないと、どこかに角が生えてきてしまう!!
そんなこんなな休日でした。
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  1. 2015/06/15(月) 23:26:50 -
  2. マツダ ルーチェ -
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