がくのロータリー人生

二代目マツダルーチェと三代目プレマシー、ファミリアバン、C56に乗るがく




あるレイアウトへ




いい雰囲気な、駅 STATION
あるレイアウトに遊びに行ってきました。
すばらしい。いい雰囲気です。
看板が泣かせる 駅 STATION
走っていて超楽しいです。

今回、つれて行ってくれたのはタキセ製作所さんと幹線親父。
自分の豆汽車ぽッぽ遊び人生の先輩、二大巨頭です。

さてよくこの日記に登場する幹線親父について、
楽しすぎたのでちょっと写真貼っちゃいます。結婚式でも祝辞頂いちゃったし、お礼ですな。
あんまし書くなよ!と言っておられましたので、ぼかしを入れて。
夫婦で引退
遠くで見てくださっているという奥様の妹様、
幹線親父の引退時の超かっこいい姿をご覧ください。
ちなみにFBでは旦那さまがいいね!してくれてます。

0系と並んで
うほぉ~かっこいいねぇ。
ぼかしがかかっているんでかっこよさがイマイチ伝わらないかもしれないけれど、
かっこいいねぇ。

タキセ製作所さんにも超お世話になりましたが、
幹線親父さんも自分の面倒をよく見てくれていいらっしゃる方です。

自分が高校生の時、職員室に毎日のように監禁されて「生徒会長になれ!!」と、
いわれた事がありました。僕の通っていた高校はあんまり頭の良くないとある国立校。
俺なんかじゃダメでしょ!?なんでそうなるの?という感じでしたが、
いまでいう壁ドンみたいなもんを体育教師に食らいました。
めちゃくちゃ拒んでいたら、目立ちたがりな女の子が代わりに立候補してくれてそれは助かりました。
で事なきを得るはずだったんですが、学校のイベント事を仕切る部門のお飾りに無理やり担ぎ出されました。
そういえば免許がばれた時も停学にならないで済んだなぁ.....
なにはともあれ1年間そういう事をしていた時期がありました。
選挙に落ちるべく立会演説会は全編、まったく似ていない猪木のまねをしてしゃべった言葉は、
ポエム"道"をフルで朗読という事までして落ちる気満々で脱力活動に徹しましたが、
信任得票数で一番になっちゃって体育祭の時にみんなの前で体操させられたり、
文化系のイベントでもPA・照明の仕込みとか開催前数週間前から、
ステージつきっきりとかありました。
で話がだいぶずれましたがここからが本題で話は元に戻って、
そんな一年を振り返るという事で、みんなの見る小冊子に文章を書かなくてはいけないことになって、
その時の題材にしたのが、学校の事ではなく、その頃にあった幹線親父の引退列車の事でした。
その中で「東京駅の長いホームを詰所に向かって歩く後ろ姿は本当に格好よかった」と書いた事がありました。
その光景がこれ。
詰所に向かって最後の。。。。

かっこいいなぁ。
本当に。背が高いっていいなぁ。
19番線の入っている0系も泣かせます

今日は凄いとか嬉しいとかばっかりになりますが続きます。

差し障りのないことを書きます。
こういう人に目をかけてもらって汽車遊び出来てる訳で、
幸せだなと思いつつ、タキセ製作所さんをタイタンの助手席に乗せて小一時間。目的地に到着です。
目の前に広がるパラダイス!すごい~。
新幹線運転士2人 夕焼けと共に
出迎えて頂いたなかで一番オーラがあるのはこのお方。
奥の方です。手前は幹線親父。

1964年10月1日。何の日だったでしょうか?
その日は日本が世界に誇る東海道新幹線が開業した日です。
下りの開業1番列車である東京発ひかり1号の運転士さん達はもう鬼籍入りされたそうですが、
上り新大阪発ひかり2号の運転士さん達は、ご両名ともご存命です。
昨年の新幹線開業50周年時にはいろいろなメディアにも登場されてた運転士さんがいらっしゃいます。
新大阪から天竜川近辺まで運転されてた方で、
慣熟走行も兼ねて開業後1年間は160km/hで走れば事足りるダイヤだったけれど、
「いつ200km/h出すんだ?」と乗客が言っていると車掌さんから伝えられて、
わざと回復運転できるように速度を落とした揚句、おまけで210km/hを出した、と。
楽しい話だすね。
新幹線一番列車の運転士さんと幹線親父と、俺。
開業日の新幹線を運転していた方と会話させていただくなんて夢のようだ....
民営化前に退職して東工でミニSLの先生をかつてされていて、
大人の超合金の監修をしてみたり、16mmフィルムでSLを追っかけたり、
と多彩な方ですが、遊びに行けてよかったです。

ちなみに、自分は小坊の頃から写真真ん中の方をたまーにミニSLのお遊びで見かけてました。
思い返すと、二大キョ頭をはじめいろんな方々のおかげで
幼いころからずいぶん貴重な経験をさせてもらってきました。
10代後半からクルマ、とくにマツダにはまってミニSL熱はだいぶ冷めた時期もありましたが、
酸いも甘いも知り尽くした先達が、
いよいよ「おう、あいつの熱の入れっぷりもようやく一人前になったなぁ。おし、そろそろいいだろう」
そんな感じで連れて行ってくれたような気がします。
幹線親父は数年前から、
「変なのがいるけど一緒に行くからよろしく」みたいな事をたびたび言ってくれていたらしく、
何度でも遊びに来てね~だそうです。ホントに!?夢のようだ。
そしてが聞いてしまった頂いた言葉。
「ここは自由だ」「一緒にやろうよ」だそうで、いやーもう嬉しいなぁ。
あれれ?なんか自分の予想していなかったレールがすでに引かれかけている気が。
そう何度もいける年周りでは無いけれど、嬉しいな。大人しくしていて、入れる時に、
入れていただけるならもうありがたや。
という感じで準備です。
お初ですから大人しめに準備です。

昼の休憩時間に本線に出ていって思いっきり走らせて頂きました。周回数としては、
そんなに走ってないと思いますが、もしも朝から晩まで居る時が来るならば、
ずーっと乗りっぱなしになるかもです。
C56 129 走る 単機で 機関士はなぜかマツダのつなぎを着る
背筋ピーンとのばして、走っているねぇ。真剣だ。

C56 129 旧客を牽いて
もちろん自作兄もです。
C56 129 単機で
傍から見ててもいい音を立てて走る俺のカマ、C56 129。
C56 129 坂を登る
よくあのタイミングで手に入ったなぁ、と思いつつ眺めました。
いい走り、しているなぁ。
飯山線のカマですね?つらら切は??という御声も頂きました。
C56 129 飯山線冬仕様 つらら切 スノープラウと雪 現役当時の様
氷柱切はちょっとつららにぶち当たりすぎてぼろくなったので昨日は外していきました。

昨日は幹線親父の子供で普段よく登場する自作兄のほかにも浜工とか笠戸で新幹線を造っている
職人様もやってきました。職人様は東工に通っていたので、クラブでC59に乗っていたという兄さんです。
自作兄も一時、運転所のシュミレータを造っていた会社にいた事があるので、
新幹線一族、という訳ですが、みんなで楽しみました。
大型蒸気の重連 2人前は東海道新幹線開業1番列車を運転した方 そのもう一人前は幹線親父
特急機の重連。迫力あるなぁ。

業務連絡をマーや他、いろんな人に向けて書こうと一瞬思いましたが、
幹線親父様からご進言を頂いたので、
もしも自分が会員になれたら、その時は、きっと楽しいだろうな、という事で。
今年、御言葉に甘えてもう一度くらい、遊びに行きたいなぁと思いつつ、走りました。
まだ続きます。

C56 129 郵便車をひっぱる
OS関東の八王子でたまにお会いする方も、最近ここに出入りされいてる、こんにちは~。
え??なになに?いいんですか?その立派な旧客引っ張っちゃって~???
広々したヤード
ヤードが充実しているので長い編成でも楽々です。
たまらん、信号機
信号機が青になったらベルが鳴り発車と相成ります。本格的だねぇ。
発車~

発車~
C56 129、立派な客車を牽く
単機での線見もそこそこに、機関士はしょっぱい顔をしてます。チャレンジングな峠。
旧客を牽いて走るC56 129
慣熟走行前にいきなり立派な編成の先頭に立ってしまったC56 129。腕の見せ所だ。
鉄橋を超えて
鉄橋までの登りは険しい顔。
鉄橋を越して下りはニコニコ、心が表情に表れています。
上り20‰の曲線、こりゃ難しい。
初入線なので投炭のタイミングはめちゃくちゃだし、
かといってやみくもにがんがんカマを焚いている、というのを、巨頭に見つかっちゃうと、
折角連れてきたのに恥ずかしい走りをするんじゃないよ、
オイオイといわれかねないので、
慎重にカマの中の炎と対話しつつがったんごとん。
今回の走行はリバーで調整ではなく、加減弁でコントロールして走りました。
楽しかった。
C56 129 峠を下る
ド派手な空転をさせないように走るのがお初だと難しい線形でした。が超楽しい。
歯切れのいいブラスト音・排気音がたまらん。
しかしあれですね、魚沼と北信濃の山奥でオンボロ3等車と
有蓋無蓋な2軸の貨車と車掌車を従えてのんびりゆっくり走っていた
C56にはピカピカなユスとスハフは立派すぎて恐れ多いですね。
今度行く時が来るなら、T製作所の車掌車と無蓋車、売り物、借りていこうかな?
その時は、幹線親父様援護射撃、根回しの程よろしくお願いいたします。
C58の旦那、牽引させて頂きありがとうございました。
さてさて、本当に走っていて楽しい場所でした。
C56 129 とある駅にて
ここは森林鉄道の乗り換え駅、との事。
通過列車からタブレットを受ける通票受けがあったり、細かい。
駅に進入
気分がノリノリな日は「ホニャララ通票、丸ッ」なんていいながら通過したいもんですね。
夕闇迫る、駅
いたるところに笠松さんの街灯がフューチャーされています。
夕闇の裸電球の街灯・笠松電機製251と91
俺の感性と似た物があるかもしれません。
上は自作電信柱(もうお釈迦)
カミさん、ヒノモトロータリーベース・日野十日町機関区・男の隠れ家府ガレージの加工スペースにやってくる
これが車庫。
笠松さん、愛用です。
ヒノモトロータリーベースで次回に向けて整備中のSKYACTIVE FORTE Ver.MAZDA
裸電球はなごむなぁ。
C56 129 大きな欅の木したで
大きな欅の木の下の駅。下り勾配なのでラクラクです。


子供が生まれて半年たらづ、いやずーっとなんだかんだで結局道楽三昧。
日々ますますまじめに子育てしないとここにはこれない訳で、毎日頑張るぞぉ~

以下写真置き場です。
機関士、調整に余念なし
余念ないねぇ。仕事もそのくらいまじめにやればいいのにね。
なんて会社の後輩が見たら言ってかもしれないこの写真。
C56 129 アップ
すすけたC56 129 ローカル線で働いていた現役の頃の様です。
C56 129ととある鉄橋いよいよ出庫。
坂に備えて
みっともない運転にならないように火床を整えて慎重にいくぞぉ~
C56 129 とある線区を単機にて
カントもついてます。微妙な高低差が多々あり、走っていて面白い。
C56 129 力行
自作兄さん、写真ありがとうございます。
C56 129 勾配を登り鉄橋を渡ったところ
という事で、楽しい楽しい日曜でした。自分にとっては夢の国、でした。
どうもありがとうございました。
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  1. 2015/03/16(月) 17:30:40 -
  2. ミニSL・ライブスチーム -
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  4. コメント:2 -
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コメント


 ☆

岳ちゃん、こんばんは(^^)

いゃ~あ、懐かしい写真を(^O^)
最後の乗務、今はあんなに大きくやらないらしいよね~
うちでは、花束の贈呈ぐらいだから・・・幹線とは雲泥の差

そして、ミニSL、凄いのに参加出来たのね
岳ちゃんだったら、大丈夫と幹線親父も太鼓判だったと思うよ(^O^)
  1. 2015/03/19(木) 21:27:20 |
  2. URL |
  3. マル運 #-
  4. [ 編集]

 ☆RE

> 岳ちゃん、こんばんは(^^)
こんばんわこんばんわ。
>
> いゃ~あ、懐かしい写真を(^O^)
> 最後の乗務、今はあんなに大きくやらないらしいよね~
> うちでは、花束の贈呈ぐらいだから・・・幹線とは雲泥の差
これ親父さんから現役では禁止になっててあれだからそこは伏せてくれぃ。
と伝えられたので、ちょっと文書変えました。

しかしまぁ、良い時代でしたよね。
>
> そして、ミニSL、凄いのに参加出来たのね
> 岳ちゃんだったら、大丈夫と幹線親父も太鼓判だったと思うよ(^O^)
本当は業務連絡で先輩向けの文章もあったんです。
白馬は遠いけど、ゴニョゴニョゴニョと。
幹線親父は、入会するまでは毎回ついてくぞ!と言ってました。
本当にうまく入会できてからもいつも一緒でいいんだけどなぁ。
今後の展開、こうご御期待ください。
  1. 2015/03/20(金) 17:34:56 |
  2. URL |
  3. がく #-
  4. [ 編集]

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