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がくのロータリー人生

二代目マツダルーチェと三代目プレマシーやC56に乗るがく




ラスト ルーチェ、よろしく~




HCルーチェと青空
ラストルーチェ・五代目HC型ルーチェオーナになりました。
今日は、美辞麗句をちりばめた読むに耐えない事を書きます。

旧 東洋工業、現 マツダ が、1966年より、
販売していた、同社の最上級後輪駆動車であるセダンが、
マツダ ルーチェでした。
途中、豪州製のボディを用いた、ロードペーサが、
ラインナップされていた数年を除き、パーソナルユーザ用最高級車種として、
ルーチェが生産されていたのが、1991年まででした。

その間、歴代ルーチェは、初代1500・1800ccを搭載したセダンを除くと、
静粛性が高く、高出力なロータリーエンジンを搭載した、
マツダの高級車として、ロータリーエンジン拡販の一翼の担うと共に、
マツダの革新・挑戦的な技術の粋を集めた、自動車として、
ルーチェは企画・開発・販売されていました。

今でこそ一般的になった、ワイドトレッドを謳ったのも、
各種警告灯を充実させたのも、日本初の低公害車だったのも、
今でこそ、日本の各社が実現している、高剛性ボディや、
しなやかかつ、扱いやすい、考える脚を実現したのもルーチェであり、
アテンザ・アクセラに使用されている、E型マルチリンクを初搭載したのも、
ホールドモード付EC-AT初搭載(EC-AT自体はGCカペラより商品化)、
栄光の13B を初搭載したのも、世界初ロータリーターボ搭載車になったのも、
ルーチェでした。

マツダの乗用車の中でルーチェは、
サバンナRX-3,RX-7、コスモスポーツ、コスモ、カペラ、ファミリアと共に、時代の最先端を、
歩む自動車でした。

五代目ルーチェが登場したのは、'86年。
24年前には、ナビゲーションシステムはまだ一般的ではなく、
カーオーディオの記録媒体はコンパクトカセットが主流だったので、
ルーチェのカーオーディオは、カセット付。
しかも正立型。
バブルな室内。5連メータ付
今では、スポーツカーやグランドツーリングカーでも見かけない、
右からタコ、スピード、ヒューエル、ボルト、ウォータテンプの5連メータが
走りを予感させる、ダッシュボード。

マツダJF型1997cc、V6エンジン
国内最大手・長年二番手だった、当時は直6を載せていた、
高級車・ハイソカーと呼ばれていたクルマ達に挑むべく、マツダが、
長年使用してきたロータリーエンジンに切り替えるべく開発した、
V6エンジンを載せているボンネットの下。
大手二社のハイソカーには適わないかもだけれども、
今となってもそこそこ高級なルーチェ。
現行アテンザにはない、何かを感じさせます。

コーナピロー付後席
ルーミで見晴らしのよい空間。
リアシートは、コーナピロー付で、寝ててもラクチン。
臙脂色・ワインレッドな室内、昭和です。

アクセラとかとは比べ物にならないくらい高級な後席
高剛性ボディとそのボディを用い、しっかり脚に仕事をさせるように、
開発されたHCルーチェは、22年経ったこの個体でも、
ミシミシとかチリチリという低級音の発生は皆無。
E型マルチリンクという、マツダが好んで使用する、
トーコントロール機構付のリアサスペンションを支える、
リアサブフレームのブッシュのへたりや、抜けたダンパの相乗効果で、
トランクルームで共鳴していると思われる、ドラミング音は、早めに、
手を打ちたいウィークポイントですが、
5ナンバーサイズでは最大級な全長4690mm・全幅1965mmの巨体を、
グワングワンと揺らしながら走るのも悪くない。

HCFS型ルーチェセダンV6・2000cc
ホイールベースは、RX-8より10mm長いという事は、ほぼ同じ、2710mm。
2000cc・V6エンジンだと、加速時は現代の高級車と比して、回転をあげて、
加速しなければ、同じ流れに乗れない、アンダーパワーなエンジンですが、
一度速度に乗れば、あとは、本当に安楽なドライブがまってます。
加減速、旋回時は、思いっきりアクセルを踏めば、パラダイス。

1、2、3速(3速のみ10km/h以下では2速に変速)を固定できる、
ホールドモード付、電子制御4速自動変速機である、EC-ATというオートマを、
使って乾式単板ダイアフラム無しの流体継手付手動変速機として、
マニュアルシフトを行って、ブレーキングして、
ターンインすると、後輪駆動車の乗って楽しいひとつの理想的な、
動きをしてくれて、本当、いい感じ。

容量429リットル(SAE)のトランク
492ℓ[SAE]の容量を持つトランク。
広い、広すぎる.....
つうかこれならハッチバックなんか目じゃない....

HCルーチェと杉の大木
その静かさは低速はもとより高速になっても静かさは保たれ,
緊迫感が少ないのでドライバーを含めて乗員はスピードメータを見て初めて速度を実感する。
この高速時の安心感は国産車のこのクラスでトップであり,
ようやく欧州製高級車に追いついた。
[以上、CAR GRAPHIC No.309 '86年12月号 ロードテストNo.252より原文のまま一部引用]
このクラスの顧客の好みを充分に意識した日本の高級車として送り出されたのである。
[以上、CAR GRAPHIC No.308 '86年11月号 87 NEW MODEL オーソドクシー MAZDA LUCE
より原文のまま一部引用]
とカーグラフィックにも評されていたHC型ルーチェ。

"本物"を知る大人の感性に訴えるクルマを目指す
定量的データではなく、官能的データを静粛性に結び付けたい
多少路面に影響されやすいが総じて運転が楽しいクルマ
[以上、モーターファン1987 April 第542号 MF Road Test より、原文のまま一部引用]
ラスト・ルーチェは大体そんな具合。

杉林という純日本的な景色にも溶け込み、
魅力的なCピラーが、景色に映える、映える。
HCルーチェと大門
とまぁ、ここまで美辞麗句をちりばめた提灯な文章をここまで、
読んでくれた方々は、マツダやルーチェに興味を持つ方々のみだと思われます。
HCルーチェ暖機中
なので、オタクっぽく好き放題書きますが、
十日町の池に映ったHCルーチェ
二代目ルーチェを学生時代の7年前から、
マツダルーチェと新潟・十日町の桜とチャージマツダのつなぎ
愛用している、私、いろいろかなさって、五代目ルーチェオーナになりました。

時は、遡り、1967年、新潟県十日町で、高校の数学教師をする一人の男は、
家族6人が乗れる1500ccのセダンを買いました。
その男が私の祖父です。
そしてその時買ったクルマがマツダ ルーチェ。
初代SUA型です。
鮎釣道中に八箇峠という狭い峠で路肩を踏み外し、
谷底へ落っこちて廃車になって、同型ルーチェをもう一台購入した、'60年代。
'70年代に入り、長女、次女と地元を離れだしたのをきっかけに、
家族6人が乗れるクルマを買う必要がなく、夢のロータリーエンジンを、
搭載した二代目ルーチェ・LA22Sを買ったのが'74年。
マツダルーチェロータリーと'10年の1月2日の日ノ出
二代目ルーチェでは娘の嫁ぎ先である、中国地方、関東の東京西部、湘南などへの、
あいさつ回りもこなしたそうです。
そんな祖父がいうには、ロータリーエンジンは、世間一般に言われている程、
燃費が悪い訳じゃない!という事。加速・動力性能を考えればめちゃくちゃ悪い訳じゃ、
ないのですが、世間一般はそうともとらないらしいのは、昔から。

'83年、四代目、HB型ルーチェを買い、祖父の母校での、
HB型ルーチェ
40年近い教員生活を終えた後、'88年6月に購入した五代目HC型ルーチェ。
マツダルーチェV6リミテッド
私の祖父は、マツダのルーチェの進化と共に、
クルマ生活を謳歌していた人間です。

何の因果か、孫の中の一人が、二代目LA22Sに惚れたのが、'83年頃、
'88年、五代目ルーチェに追い出される形で、LA22Sは廃車になりましたが、
その孫は、ルーチェが忘れられず、それから15年後の'03年、LA22Sを買い、
今まで過ごしてきました。
mazda_savannaRX-7_FC3S
四輪車の免許を取得して以来、サバンナRX-7や、ファミリア、
マツダファミリアでスライド

歴史のありそうな倉庫とファミリアSワゴン
ファミリアSワゴンに乗ったりしてきましたが、
祖父がルーチェは大きいしもう遠出をする事はないからファミリアで充分、といって、
二台並んだ平成元年のマツダ
「がく、大切に使ってみない?」といわれて、我が車となったHCFS型ルーチェ。
さらば、長岡ナンバー
名義変更をし、22年間纏っていた長岡ナンバーから、
八王子ナンバーにかわって、という事になりました。

HCルーチェ・44444kmの時
このルーチェ、走行距離4万5千キロ。
もっとも、2年前の車検時から、この前、新潟経由長野行き高校野球観戦ドライブ前までの、
2年間の走行距離は、800km。そのうち、300kmくらいは自分が運転しているので、
このルーチェは休眠状態になっていました。
そして、新潟から、200km走って、燃料計の針がここまでしか減らないほど、
V6の燃費は悪くないんです。
正直びっくり。
日頃の脚にしているアクセラよりか、悪いのは当然としても、
マツダアクセラスポーツと芸術
これなら、維持していけそう、という予感。

HCルーチェと日野警の覆面GGアテンザ
ちなみにこれは、ルーチェを日野に持ち帰った時、車庫証明をもらうために行った、
日野警で隣に並んだ、GGアテンザの覆面パトカー。

そんなルーチェ、この前、継続検査を、自作野郎にお願いして、多摩陸へいってもらった時、
検査員の人々から、こんな平成元年の自動車はめったに、見た事がない!といわれたらしいのですが、
約20年間、今は亡き、長岡マツダ・新長岡マツダの十日町営業所で、
ご丁寧にメンテナンスを受けていた個体で、雪国の塩化カルシュウムから、
ボディを守るために、車検ごとにシャシブラックを惜しげもなく吹いていた、
おかげみたい。

中越地震で車庫の柱やはしごがあたってついた傷と、
車幅感覚があやふやになって、祖父がこすったかすり傷がなければ、
本当、超きれいな個体です。

ルーチェと夏の弁天池
今、約38年前のクルマになった、
我がロータリールーチェのような、旧車になるまで、
大切にしたいなぁ~というような、
そんなこんなな今日この頃でした。
マツダルーチェHCFS
ラストルーチェ、よろしく~
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  1. 2010/06/20(日) 17:52:58 -
  2. マツダ ルーチェ -
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