がくのロータリー人生

二代目マツダルーチェと三代目プレマシー、ファミリアバン、C56に乗るがく




My ルーチェ オールド・タイマー113号に小さく載る




Old-timer (オールドタイマー) 2010年 08月号 [雑誌]Old-timer (オールドタイマー) 2010年 08月号 [雑誌]
(2010/06/26)
不明

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古い方の我がルーチェ、
マツダ LA22S カスタムGR2、ロータリーエンジン搭載車、
オールド・タイマー113号の88頁のEVENT 5 に
第10回 十日町 いきいき旧車ミーティング in きものまつり
の様子と共に、小さく載りました。





先日、OSのクラブのおじ様が、発売前に、今号のオールドタイマーを、
みて、「載ってますよぉ~」と教えてくれて以来、発売を待ってました。
オールドタイマーは26日発売なので、今朝、早速、買いに行くと、
載っていた~
わがルーチェと第10回いきいき旧車ミーティング、十日町にて
八重洲出版の方々、どうもありがとうございました。

ところで、我がルーチェ、雑誌に載るのは、
CG (カーグラフィック) 2005年 08月号CG (カーグラフィック) 2005年 08月号
(2005/07/01)
不明

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カーグラフィック 2005/8月 533号、とか、
RX-8,RX-7,RX-4_SE3P,FD3S,LA22S

RX-7 Magazine (アールエックスセブン マガジン) 2008年 12月号 [雑誌]RX-7 Magazine (アールエックスセブン マガジン) 2008年 12月号 [雑誌]
(2008/11/07)
不明

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RX-7マガジンとか以来。
ルーチェと筑波サーキットのパドック

今回は、今まで拒否ってた顔写真付。
たぶん、きていたつなぎと持ってるロータのおかげかも!?
チャージマツダな、つなぎ
ちなみにEVENT 4 87ページの学校は、自分の母校。
ここで勉強して、ここでとれる資格もきっちりとったし、
昨日もとある自動車屋さんのおじさんに、仕事にしちゃいなよ、
といわれたけれど、
仕事にはしなくてよかった、と今も思っています。
ちなみに、あのラリーカーで、競技にでているにドライバーは、年上の同級生。

思いで多い母校を見て、来年もやるならいってみよかな~
とか、いろいろ思った、オールドタイマーでした。


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  1. 2010/06/26(土) 10:56:41 -
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てっちんルーチェ、秋葉原へ




ラストルーチェと秋月電子
車齢22、広島生まれの、妻有育ちラスト・ルーチェ、HCFSにて、
秋葉原に仕事で行ってきました。

今日の仕事は、RSコンポーネンツとかでは手にないらない、
電子部品を秋葉原に買いに行く、というお題。

前日から秋葉原行きが決まっていたので、
お供はヒノモトアールイーベース[HINOMOTO RE BASE]新加入の
ラスト・ルーチェ・セダン、HCFS、V6-2000 リミデットをお供に。

中央道へ、合流9秒前
中央道への合流9秒前。

広島で生まれて以来、22年間、新潟魚沼、妻有の里で、のんびりすごした、
ルーチェ、都心へ。
都会に行くのは、長野や新潟市内に行くの以外だったら、
13年位前に、大阪へ行った以来だと思われる、このルーチェ。
神宮外苑にて、HCFS
東宮御所のそばを通りつつ、

HC,四谷付近へ
四谷や順天堂大学、東京ドームの横を通りつつ、
順天堂大付近とルーチェ車内
秋葉原へ。
HCルーチェ、秋葉原へ

HCルーチェを秋月電子より
秋葉原でお買い物をしたあとは、
HCルーチェと本郷付近
てっちんルーチェで、都内をちょろっとドライブ。
ボンネットを開けたルーチェ

ラストルーチェの車内より、毎日新聞本社
九段を過ぎて、竹橋にある、毎日新聞本社。

ラストルーチェの車内より、TFM
JFN、38局ネットの総本山、TFM、東京FM本社。
竹橋からの皇居めぐりはおしまいで、
再び四ツ谷方面へ。

ラストルーチェの車内より、日テレ中継車
本社が汐留にいった後でもスタジオが残る、
日テレのある麹町付近で、日テレの中継車を。

ルーチェバックビューと新宿方面
いろいろ眺めた、平日午後にラストルーチェでのドライブでした。
  1. 2010/06/24(木) 00:05:09 -
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コンビネーションスイッチ・CCBを交換しそこなう




ルーチェと越後山脈
7年前から乗っている、我がマツダルーチェ・LA22S。
初代アクセラを買った3年半前頃、ルーチェは、
タイロッドエンドやストラットのダストブーツが次から次へ、
破けたり、フロントハブベアリングから異音がして交換と、
機嫌が悪くなっていました。
そして、今年。手元にHC型ルーチェがやってきた後で、
ロータリールーチェは、ウインカーの調子が悪くなってきました。

症状としては左ターンのみ、点滅が遅くなる。
ハザードと、右ターンは異常なし。
最近の車なら、ランプ切れのときは、ハイフラのようになるはずなんだけど、
この頃の車は.....ということを知らない自分は、
「ウインカーの点滅が遅くなって、車検のとき以外なら、アメリカンでいいなぁ~」
なんてのんきなことを考えていたら、あっという間に、
点滅しなくなりました。
このとき、フラッシングスピードが遅くなり始めた直後に、
一応、車両前後に行って、ウインカーの状態を
見ていたのですが、特に異常なしだったので、
これはやばい!!!!
このとき、ランプ切れで、点滅しないということをもう一回確認しとけば、
ランプ交換のみですんでいたはずですが、
そんなことを知らない自分は....

予備のCCBとともに
車載状態だとよく見えない、
セントラルコントロールボックスをはずし、
タイマとリレーをチェックし、
LA22S・Hのサービスマニュアル・構造と整備
サービスマニュアルで、配線を見てから、
LA22SのCCB

コンビネーションスイッチの
ターンシグナルR L、ハザード、フラッシングスイッチが死んでいないことを確認してから、
やっぱり、電球!?と思って、右側を交換すると、
フラッシング、復活!
はずしたコンビネーションスイッチ


取扱説明書にも玉が切れたら、点滅しなくなる、なんてことは書いてなかったし、
無知って怖い。
コンビネーションスイッチはずしちゅう
そして、HCFSを手に入れて、LA22Sの調子が悪くなるのは、
ヒノモトベースにやってきたマツダHCFC、V6ルーチェ
これが最後になるといいな、という骨が折れたけど、いい勉強になった不具合でした。
マツダルーチェと祖父の家の春
  1. 2010/06/22(火) 23:55:03 -
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ラスト ルーチェ、よろしく~




HCルーチェと青空
ラストルーチェ・五代目HC型ルーチェオーナになりました。
今日は、美辞麗句をちりばめた読むに耐えない事を書きます。

旧 東洋工業、現 マツダ が、1966年より、
販売していた、同社の最上級後輪駆動車であるセダンが、
マツダ ルーチェでした。
途中、豪州製のボディを用いた、ロードペーサが、
ラインナップされていた数年を除き、パーソナルユーザ用最高級車種として、
ルーチェが生産されていたのが、1991年まででした。

その間、歴代ルーチェは、初代1500・1800ccを搭載したセダンを除くと、
静粛性が高く、高出力なロータリーエンジンを搭載した、
マツダの高級車として、ロータリーエンジン拡販の一翼の担うと共に、
マツダの革新・挑戦的な技術の粋を集めた、自動車として、
ルーチェは企画・開発・販売されていました。

今でこそ一般的になった、ワイドトレッドを謳ったのも、
各種警告灯を充実させたのも、日本初の低公害車だったのも、
今でこそ、日本の各社が実現している、高剛性ボディや、
しなやかかつ、扱いやすい、考える脚を実現したのもルーチェであり、
アテンザ・アクセラに使用されている、E型マルチリンクを初搭載したのも、
ホールドモード付EC-AT初搭載(EC-AT自体はGCカペラより商品化)、
栄光の13B を初搭載したのも、世界初ロータリーターボ搭載車になったのも、
ルーチェでした。

マツダの乗用車の中でルーチェは、
サバンナRX-3,RX-7、コスモスポーツ、コスモ、カペラ、ファミリアと共に、時代の最先端を、
歩む自動車でした。

五代目ルーチェが登場したのは、'86年。
24年前には、ナビゲーションシステムはまだ一般的ではなく、
カーオーディオの記録媒体はコンパクトカセットが主流だったので、
ルーチェのカーオーディオは、カセット付。
しかも正立型。
バブルな室内。5連メータ付
今では、スポーツカーやグランドツーリングカーでも見かけない、
右からタコ、スピード、ヒューエル、ボルト、ウォータテンプの5連メータが
走りを予感させる、ダッシュボード。

マツダJF型1997cc、V6エンジン
国内最大手・長年二番手だった、当時は直6を載せていた、
高級車・ハイソカーと呼ばれていたクルマ達に挑むべく、マツダが、
長年使用してきたロータリーエンジンに切り替えるべく開発した、
V6エンジンを載せているボンネットの下。
大手二社のハイソカーには適わないかもだけれども、
今となってもそこそこ高級なルーチェ。
現行アテンザにはない、何かを感じさせます。

コーナピロー付後席
ルーミで見晴らしのよい空間。
リアシートは、コーナピロー付で、寝ててもラクチン。
臙脂色・ワインレッドな室内、昭和です。

アクセラとかとは比べ物にならないくらい高級な後席
高剛性ボディとそのボディを用い、しっかり脚に仕事をさせるように、
開発されたHCルーチェは、22年経ったこの個体でも、
ミシミシとかチリチリという低級音の発生は皆無。
E型マルチリンクという、マツダが好んで使用する、
トーコントロール機構付のリアサスペンションを支える、
リアサブフレームのブッシュのへたりや、抜けたダンパの相乗効果で、
トランクルームで共鳴していると思われる、ドラミング音は、早めに、
手を打ちたいウィークポイントですが、
5ナンバーサイズでは最大級な全長4690mm・全幅1965mmの巨体を、
グワングワンと揺らしながら走るのも悪くない。

HCFS型ルーチェセダンV6・2000cc
ホイールベースは、RX-8より10mm長いという事は、ほぼ同じ、2710mm。
2000cc・V6エンジンだと、加速時は現代の高級車と比して、回転をあげて、
加速しなければ、同じ流れに乗れない、アンダーパワーなエンジンですが、
一度速度に乗れば、あとは、本当に安楽なドライブがまってます。
加減速、旋回時は、思いっきりアクセルを踏めば、パラダイス。

1、2、3速(3速のみ10km/h以下では2速に変速)を固定できる、
ホールドモード付、電子制御4速自動変速機である、EC-ATというオートマを、
使って乾式単板ダイアフラム無しの流体継手付手動変速機として、
マニュアルシフトを行って、ブレーキングして、
ターンインすると、後輪駆動車の乗って楽しいひとつの理想的な、
動きをしてくれて、本当、いい感じ。

容量429リットル(SAE)のトランク
492ℓ[SAE]の容量を持つトランク。
広い、広すぎる.....
つうかこれならハッチバックなんか目じゃない....

HCルーチェと杉の大木
その静かさは低速はもとより高速になっても静かさは保たれ,
緊迫感が少ないのでドライバーを含めて乗員はスピードメータを見て初めて速度を実感する。
この高速時の安心感は国産車のこのクラスでトップであり,
ようやく欧州製高級車に追いついた。
[以上、CAR GRAPHIC No.309 '86年12月号 ロードテストNo.252より原文のまま一部引用]
このクラスの顧客の好みを充分に意識した日本の高級車として送り出されたのである。
[以上、CAR GRAPHIC No.308 '86年11月号 87 NEW MODEL オーソドクシー MAZDA LUCE
より原文のまま一部引用]
とカーグラフィックにも評されていたHC型ルーチェ。

"本物"を知る大人の感性に訴えるクルマを目指す
定量的データではなく、官能的データを静粛性に結び付けたい
多少路面に影響されやすいが総じて運転が楽しいクルマ
[以上、モーターファン1987 April 第542号 MF Road Test より、原文のまま一部引用]
ラスト・ルーチェは大体そんな具合。

杉林という純日本的な景色にも溶け込み、
魅力的なCピラーが、景色に映える、映える。
HCルーチェと大門
とまぁ、ここまで美辞麗句をちりばめた提灯な文章をここまで、
読んでくれた方々は、マツダやルーチェに興味を持つ方々のみだと思われます。
HCルーチェ暖機中
なので、オタクっぽく好き放題書きますが、
十日町の池に映ったHCルーチェ
二代目ルーチェを学生時代の7年前から、
マツダルーチェと新潟・十日町の桜とチャージマツダのつなぎ
愛用している、私、いろいろかなさって、五代目ルーチェオーナになりました。

時は、遡り、1967年、新潟県十日町で、高校の数学教師をする一人の男は、
家族6人が乗れる1500ccのセダンを買いました。
その男が私の祖父です。
そしてその時買ったクルマがマツダ ルーチェ。
初代SUA型です。
鮎釣道中に八箇峠という狭い峠で路肩を踏み外し、
谷底へ落っこちて廃車になって、同型ルーチェをもう一台購入した、'60年代。
'70年代に入り、長女、次女と地元を離れだしたのをきっかけに、
家族6人が乗れるクルマを買う必要がなく、夢のロータリーエンジンを、
搭載した二代目ルーチェ・LA22Sを買ったのが'74年。
マツダルーチェロータリーと'10年の1月2日の日ノ出
二代目ルーチェでは娘の嫁ぎ先である、中国地方、関東の東京西部、湘南などへの、
あいさつ回りもこなしたそうです。
そんな祖父がいうには、ロータリーエンジンは、世間一般に言われている程、
燃費が悪い訳じゃない!という事。加速・動力性能を考えればめちゃくちゃ悪い訳じゃ、
ないのですが、世間一般はそうともとらないらしいのは、昔から。

'83年、四代目、HB型ルーチェを買い、祖父の母校での、
HB型ルーチェ
40年近い教員生活を終えた後、'88年6月に購入した五代目HC型ルーチェ。
マツダルーチェV6リミテッド
私の祖父は、マツダのルーチェの進化と共に、
クルマ生活を謳歌していた人間です。

何の因果か、孫の中の一人が、二代目LA22Sに惚れたのが、'83年頃、
'88年、五代目ルーチェに追い出される形で、LA22Sは廃車になりましたが、
その孫は、ルーチェが忘れられず、それから15年後の'03年、LA22Sを買い、
今まで過ごしてきました。
mazda_savannaRX-7_FC3S
四輪車の免許を取得して以来、サバンナRX-7や、ファミリア、
マツダファミリアでスライド

歴史のありそうな倉庫とファミリアSワゴン
ファミリアSワゴンに乗ったりしてきましたが、
祖父がルーチェは大きいしもう遠出をする事はないからファミリアで充分、といって、
二台並んだ平成元年のマツダ
「がく、大切に使ってみない?」といわれて、我が車となったHCFS型ルーチェ。
さらば、長岡ナンバー
名義変更をし、22年間纏っていた長岡ナンバーから、
八王子ナンバーにかわって、という事になりました。

HCルーチェ・44444kmの時
このルーチェ、走行距離4万5千キロ。
もっとも、2年前の車検時から、この前、新潟経由長野行き高校野球観戦ドライブ前までの、
2年間の走行距離は、800km。そのうち、300kmくらいは自分が運転しているので、
このルーチェは休眠状態になっていました。
そして、新潟から、200km走って、燃料計の針がここまでしか減らないほど、
V6の燃費は悪くないんです。
正直びっくり。
日頃の脚にしているアクセラよりか、悪いのは当然としても、
マツダアクセラスポーツと芸術
これなら、維持していけそう、という予感。

HCルーチェと日野警の覆面GGアテンザ
ちなみにこれは、ルーチェを日野に持ち帰った時、車庫証明をもらうために行った、
日野警で隣に並んだ、GGアテンザの覆面パトカー。

そんなルーチェ、この前、継続検査を、自作野郎にお願いして、多摩陸へいってもらった時、
検査員の人々から、こんな平成元年の自動車はめったに、見た事がない!といわれたらしいのですが、
約20年間、今は亡き、長岡マツダ・新長岡マツダの十日町営業所で、
ご丁寧にメンテナンスを受けていた個体で、雪国の塩化カルシュウムから、
ボディを守るために、車検ごとにシャシブラックを惜しげもなく吹いていた、
おかげみたい。

中越地震で車庫の柱やはしごがあたってついた傷と、
車幅感覚があやふやになって、祖父がこすったかすり傷がなければ、
本当、超きれいな個体です。

ルーチェと夏の弁天池
今、約38年前のクルマになった、
我がロータリールーチェのような、旧車になるまで、
大切にしたいなぁ~というような、
そんなこんなな今日この頃でした。
マツダルーチェHCFS
ラストルーチェ、よろしく~
  1. 2010/06/20(日) 17:52:58 -
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東京稲作事情'10-小学生の田植え-




今年も、多摩の穀倉地帯にある小学生が田植えの実習に、
やってきました。
田植
3クラスの、約100人の子供達が、田圃に順番に入るのだから、
毎年のとおり、大騒ぎ。

用水路に入った小学生達
これは、田植えが終わったとの用水の中。
こっちも大騒ぎ。
みんな、多分、用水の中に入って、船で遊んだり、
ザリガニを取った事、ないんだろうな~というような、
おっかなびっくり、水の中へ、という子が多かったです。

今年の米も、うまく育つといいねぇ~
  1. 2010/06/16(水) 05:40:16 -
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東京稲作事情'10-梅雨直前の田植え-




夜のたんぼ'10
私が住んでいる、東京の日野はかつては、多摩の穀倉と呼ばれた、
由緒ある、水田地帯でした。
でも新宿まで約30分な今は、相当、稲作している人が減ったけれどな地帯です。
なので、夜の水田には、ネオンが映りこむようになりました。
そんな場所だけど、稲作の季節です。

クボタの16年前くらいの田植え機、田植え中。
新潟の魚沼・妻有地方ではおなじみな山笠をかぶって、
この週末は、一日中、田植え、田植え、田植え。

植えてる機構
かっちゃん、かっちゃんと稲を植え植え。
今年もうまく育ってね~
  1. 2010/06/13(日) 18:10:01 -
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第122回北信越地区高等学校野球大会を見に行く




第122回北信越地区高等学校野球大会の、十日町対長野日大の試合を、
6月5日、南長野運動公園にある、長野オリンピック球場に見に行ってきました。

試合は、十日町高校が3-9で、長野日大に負けました。
夏大会もがんばってください!という感じでした。

いつか、また、あの夏のように行ってみたい、甲子園。
十日町高校 甲子園出場
たのしみにまっとるでよぉ~
  1. 2010/06/08(火) 21:49:24 -
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明日は




第122回北信越高等学校野球新潟県大会にて、
準優勝になった、県立十日町高校の野球部。
明日は、第122回北信越地区高等学校野球大会の試合があって、
長野オリンピック球場にて、長野県の3位であった、
長野日大と、12:30にプレーボールの予定です。
十日町がこういう大会の本戦に進むには、甲子園に行ったのを除いても、
本当、久しぶり、らしい。
自分も24年前に、松本へ試合を見に行ったの以来、
長野県に野球を見に行ってみようと思います。
ヒノモトベースにやってきたマツダHCFC、V6ルーチェ
明日は、昭和23年にチーム設立されて以来、
始めて2年連続ベスト8になった頃の監督、それは、
昭和28年ごろから数年間、十日町高校の野球部の監督をしていた祖父を、
祖父が十日町高校を退職して数年後に購入して22年間愛用している、
マツダ ルーチェにて、祖父と一緒に長野オリンピック球場に行く予定。

試合、楽しみだなぁ~
  1. 2010/06/04(金) 05:35:24 -
  2. 十日町 -
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